未来探究祭は、一般社団法人次世代教育ネットワーキング機構が主催する中学・高校生の探究学習の祭典です。12月から1st STAGE(書類審査)がスタートし、2nd STAGE(交流&協働 ワークショップ)、3rd STAGE(動画審査)と勝ち残った11チーム(注)により、2月にFinal STAGEが行われました。Final STAGEでは5分間の発表に対して、5名の審査員から質疑がなされました。発表を聞いた審査員は、生徒たちのどのような姿が印象に残り、今後探究学習を磨いていくためのポイントをどう考えたのでしょうか。
(注)Final STAGEに進出した12チーム中1チームは辞退
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未来探究祭2023開催報告書
<審査員> ※五十音順・敬称略
加藤 諒 (国立大学法人 一橋大学大学院 ソーシャル・データサイエンス研究科 准教授)
仙田 直人 (成蹊中学・高等学校 校長) ※審査員長
田中 康平 (株式会社ネル・アンド・エム 代表取締役)
中野 憲 (一般社団法人次世代教育ネットワーキング機構 理事・事務局長)
松本 慕美 (株式会社白草 代表取締役)
――未来探究祭の審査を終え、生徒たちのどのような姿が印象に残っていますか。
中野 1st STAGEから始まり本日のFinal Stageまでの2ヶ月間、誠にありがとうございました。未来探究祭は第1回目ということで、審査員の皆様の気づきを次年度以降に反映していきたいと考えています。また、参加校の先生方の座談会などから浮き彫りになった探究学習におけるお悩みや課題についてもこの場でお話していきたいと思います。
仙田 未来探究祭のいいところはデータを活用するという点だと思います。1st StageからFinal Stageにかけて、出場チームの探究学習の内容はどんどん磨かれていきました。データの分析の仕方を習得していくことができれば、もっと高めていくことができるのではないかと思います。
また、こうした場でプレゼンテーションをすることはすごく成長につながります。「失敗した」と感じている生徒もいると思いますが、その失敗こそが次につながる糧になります。今後は金・銀・銅賞だけでなく、特別賞なども用意できると、惜しくも失敗してしまった生徒の頑張りを公に賞賛できるので、よりモチベーションにつながるかもしれませんね。
加藤 プレゼンテーションはFinal Stageにかけて非常に上達しており、驚きました。一方で、データ活用という視点でいうと、やや物足りなさもありました。事業アイデアがあり、そのアイデアを裏付けるためにデータを取るということが日本の企業でもよくありますが、今回はそうした発表が多かったように感じます。必ずしもそのアプローチが悪いわけではありませんが、データを使って何かアイデアを出すというデータドリブンな探究学習を進めていくことができるとより進化させていくことができるのではないでしょうか。
松本 中学生や高校生が、行ったことのない地域や行ってみて「あれ?」と思った地域に対して考えられるような機会を作れたことには大きな価値があります。「なぜこういう状況なのだろう」という純粋な疑問や関心から出発し、テーマを掘り下げる探究ができたチームも多くありました。
アウトプットの点でいうと、ポスターを作るなど広報活動に終始しているチームもあれば、ビジネス提案にまでつなげられているチームもあり、ばらつきがあったと感じます。その点は審査員の立ち場からは、どう評価すればいいか難しいポイントでした。次年度以降、目線をどう揃えていくかということは企画段階で練っていく必要がありそうです。個人的な要望でいえば、現在の子どもたちは大人と同じ土俵で戦える力を持っていると思っているので、ぜひビジネス提案まで聞いてみたいと思っています。
田中 データを使いながら教科横断的な学習の場となっていました。未来探究祭に参加した生徒たちは、これまで特別に一つのことを研究し続けている経験を持った子たちではなかっただろうと思います。未来探究祭が、データから物事を読み解くおもしろさや、自分の思い込みと現実のズレの気付くきっかけになるといいですね。
――未来探究祭では、探究学習にデータの活用を盛り込むことをポイントにしていました。生徒たちもサポートする先生方も、その点に苦労したようです。データ分析・活用のポイントを教えてください。
加藤 教員向けあるいは生徒向けに、お手本となるようなデータ活用の事例を紹介することは有効でしょう。データ分析について0から1を作っていくことは非常に難しいので、高校数学で習う範囲のデータ解析を使ったモデルケースに則って、まずは1つのパターンを身につけるのです。
田中 先生向けの研修や生徒がデータについて学ぶ時間などを、探究学習に入る前に設けるとよいかもしれません。例えば、私は副教材を作っているのですが、そこには表計算ソフトを使い相関まで導き出す方法や散布図を描く手順などを載せています。課題点としては、分析の手法は盛り込まれているのですが、分析の動機付けになるようなデータセットまではできていないということです。そうしたプログラムをセットにできれば、子どもたちだけでも参照しながら一通りのデータ処理ができるようになり、その上で探究に入っていくことができるはずです。
仙田 生徒たちが自分事として問いを設定しデータ分析につなげられる方法として、Google Formsを使い校内アンケートを実施するというアプローチがあります。例えば、「学年向けにアンケートを取るけれど、1クラス1問か2問設定してみよう」と投げかけます。アンケートの結果を見て、「200人に聞いた結果、こうなりました。だから、ここが課題だと考えます」と仮説を立てられます。あるいは、「課題だと思っていましたが、アンケートの結果、そうではないことがわかった」ということもありえます。
本来であれば、探究学習のフィールドとなる地域住民にアンケートを取りたいのですが、回答を得ることが非常に難しい。そこでまずは校内向けの調査を実施し、データ活用のハードルを下げることも大切ではないでしょうか。こうした経験を重ねることで、その後公開データをどう活用するかといった視点にもつながっていくのだと思います。
松本 自治体の公開データを活用することはとても有効です。鎌倉を題材にしたチームは、ある程度都会なので探せばデータがいくつか出てきたと思います。一方で、地方部においては、自治体でほとんどデータを取れていないようなケースもあります。そうした地域をフィールドにしたチームは苦戦をしたのではないかと思います。その場合には、ハードルは高くとも、自分でデータを取得することが欠かせません。ただ、今回は自分でデータを取っているチームはほとんどいなかったと思うので、今後はその点に踏み込めるといいですよね。
仙田 その通りですね。本校は長崎県立五島高校とコラボレーションして、自校ではなく五島高校でアンケートを取れる環境を作っています。逆に、五島高校は本校を対象にアンケートを実施できます。探究学習のフィールドにある学校と連携することは一案かもしれません。
松本 未来探究祭では、学校間で交流することもコンセプトの1つだったので、お互い環境の異なる学校でコラボレーションが生まれて、データを取り合うような関係性ができていくといいですね。
田中 自分たちの地域の中で知名度があると思っていたことが知られていなかったり、逆に意外なものが知られていたりと、他エリアの視点を借りることで自分の地域の再発見につながるようなこともありえますね。
仙田 他にも、同じテーマで他校の生徒と案を持ち合ってみると、地域によっての違いが見えます。今回でいえば、福岡県の八女・糸島・添田などを題材にしていたチームがありましたが、福岡県外の生徒たちに「どこをフィールドにしたいか」を聞いてみるといった方法もあるかもしれません。
松本 Final STAGEまで他チームの探究学習に触れる機会がなかったので、もう少し前段階から発表を見合う機会があるといいかもしれませんね。先生方にとっても発見があり、「今度はこんな支援をしてみよう」というヒントが得られる機会になるかもしれません。そうすることで、先生方のご負担も減るとよりいいですね。
中野 そういう意味では、生徒だけでなく先生方にとっても、未来探究祭の序盤の段階で課題やお悩みを共有し、支援のヒントを得るような交流の機会を設けてもいいかもしれませんね。
田中 データを掲載するにあたって、生成A IのBing CopilotやGoogle検索で出てきたURLだけを貼って済ませているケースが散見されました。つまり、元データにあたっていないんです。引用されている記事などを参考にすることは悪いことではありませんが、一次情報に当たる習慣づけは不可欠です。
中野 パッと目に入ったデータを鵜呑みにしてしまうような状況があるとして、それは現在の学校においてどのように指導をしているのでしょうか。
田中 残念ながら、今の学校教育の中では主体となって教えられる人は相当少ないでしょう。第一歩としては、ファクトチェックの授業を1コマ入れるといいと思います。例えば、自校の在籍生徒数を題材にしたときに、Bing Copilotで検索をすると参照情報として、信ぴょう性のある学校サイトではなく数年前の情報である不動産会社の学校情報を引っ張ってきているようなことがあります。そうした題材を使いながら、生徒にゲーム感覚でファクトチェックを体験させてみる。すると、「間違えている情報もあるのだ」ということに気づくことができます。こうしたプロセスを経ることで、自治体や国が公表しているデータで、かつ最新のものならば信頼できるといったことに気づき、分析の土台を築いていくことができます。
仙田 一次情報にあたるということは、データだけでなく、現地に行くことやその土地でインタビューをすることなども含まれます。本校では中学3年生全員がインタビューを経験します。そうすると、実感も湧き、課題を抱くこともできます。インタビューをして、課題は何かをチームで対話し、協働してプロトタイプを作る。初回でうまくいくことは少ないので、何度か改善を経ます。そのような過程を体験し、プレゼンテーションにまでつなげいくことが、探究学習です。つまり、自分事にすることがとても大事なんです。だから、すごく大変なんですよね。生徒が自分事にできるような仕掛けを学校ごとに、作っていけるとよいでしょう。
もう一つ本校の例を紹介すると、修学旅行先が7〜8パターン用意されており、自分たちが行きたい土地の魅力を探究して、他の生徒向けにプレゼンテーションをするという取り組みを行なっています。票が集まれば実際に修学旅行に行けるという実利があるので、意欲的に取り組みます。
松本 フィードバックを得る意味での一次情報といったことも、非常に大切だと思います。つまり、プロトタイプやビジネスモデルを作ったら、それを現場に当てていくということです。そうすると、データから考えていた仮説と現場とでずれが生じることがあります。
中野 なるほど。実証実験の必要性があるのですね。そのプロセスを踏むことで、より現場に合ったアウトプットになっていくということですね。
松本 例えば、過疎地域でお年寄りが離れて暮らしているので、お買い物をサポートするアプリを作ろうという構想がありました。実証実験の際に、お年寄りが使いこなせるかや導入コスト、そしてニーズを聞く中で、もっと知人とのコミュニケーションを密に取れるようなツールの方が求められているということが明らかになったケースがありました。実証実験が必要なのは、中高校生の探究学習だけでなく、大人も同じなんです。
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――「総合的な探究の時間」がスタートして、少なくない先生方が探究学習への負担感を抱いているのも事実です。「最低限ここだけはおさえ、この部分は生徒に委ねる」といった先生方が支援する際のアドバイスをお願いします。
仙田 探究学習にポジティブな先生ばかりではないのは事実です。既存業務が忙しい中で、探究学習によって負荷が増していると感じている方も少なくありません。こうした先生方は、生徒の探究学習の内容について一つ一つ口や手を出して支援をしていかなければいけないと思っている可能性があります。しかし、それをすると先生が考える探究学習のようになってしまいます。
そのため、本校では「傍観者の立場でプレゼンテーションを見てください。口を出すのは、『もう少し字を大きくしたら?』『ポイント部分を見やすくしたら?』といったことだけにしましょう」と伝えています。先生方はすでに日々の業務に頑張っていらっしゃるので、それくらいゆったりとした気持ちで探究学習の支援にあたっていけるとよいのではないでしょうか。
田中 私がお邪魔したな中で、プレゼンテーションに向けて、生徒一人一人にChatGPT3.5を使える状態にし、プレゼンテーションの構成やセリフのチェックをしてもらえるような環境を整える試行をした学校がありました。その学校では、さらに、ChatGPT3.5に想定質問を出してもらい、生徒はそれに対して応えられるようにしていくという取り組みも行いました。結果的には、そこそこうまくできました。生成A Iを活用することで、ゆくゆくは正確性や妥当性といった部分に対する先生の個別指導の負担は改善することができるのではないかと考えています。
仙田 教員のメンターとしての役割が重要ですね。生成A Iを入れながら行っていくのならば、メンターとしてどのようなあり方が求められるのか。各校で目の前の生徒に合わせて検討をしていく必要があるでしょう。
――今回の未来探究祭を生徒や先生方にどのように活かしていってほしいと思いますか。
仙田 右手にロジック、左手にレトリックを持つことが重要であると私は考えています。ロジックを持って話ができるか、そして、それを効果的にプレゼンテーションできるか。この両者があれば、社会のどこに行っても通用します。
未来探究祭はどちらのスキルや姿勢も求められる機会となっています。この経験を活かして、探究を続け、社会で生きる力を身につけてほしいと思います。
加藤 人間は物事に傾向を見つけたがる生き物です。例えば、血液型による傾向や晴れ男・雨男などの表現はそれにあたります。背後の因果関係を考えずに、なんとなくで考えていることが非常に多いのです。社会には真偽が確かではない情報があふれています。情報を正しく処理をするという意味で、データを分析するロジックは一層重要になっていくしょう。
本学の教員と高校生の座談会をした際に、「なぜ、データサイエンスを扱う学部に興味があるのか」を尋ねると、「探究学習の授業でデータ分析をしてデータサイエンスに興味を持ちました」と応えてくれた生徒がいました。実際にこうした子もいる通り、高校での探究学習は生徒たちにとってデータに興味を持つ取っ掛かりになると思います。正しく現象を理解するためにデータを読み解くことは、仙田先生がおっしゃったロジックを組み立てる上で非常に大事なことです。探究学習がそういったきっかけになるといいですね。
松本 「リアル」に触れるということを大事にしてほしいと思っています。先ほど議論があった、一次情報のデータをきちんと読み解くことも、ある意味リアルに触れる体験だと思います。あるいは、自分でビジネスを考えてそれを現場で実証実験をしてみること。これもリアルに触れることになります。
また、自分のリアルな気持ちに触れるということも大事にしてほしいです。今回の未来探究祭でも、純粋な自身の感情から探究をスタートしているチームが受賞していました。こうした多様なリアルに触れる体験は、自分自身の基礎を作ってくれると考えています。
田中 データを見るのは当然のこと、基本的な技術を未来探究祭の機会でぜひ身に付けてほしいと感じています。例えば、データを使い自分の意見を言語化していたり、生成AIを使って画像を作ったりしているチームがありました。こうした新しい表現にぜひチャレンジしてほしいです。
一方で、松本さんがおっしゃった「リアル」も大事にしてほしい。実際に地域に写真を撮りにいったり体験したりする経験も積んでほしいと思っています。
中野 探究学習やPBLといった言葉が至るところで聞かれるようになりました。一方で、学校現場ではその意義を実感するまでは落とし込めていない状況があるように思います。
私なりに探究学習をする意味について考えたのですが、社会人になった時には、どんな仕事に就いたとしても「きみの問題はこれだから」と教えられることはありません。自分で組織やマーケットの問題点を見つけて、それを解決するアプローチを考えられる人になっていくことが求められます。あくまで私の解釈ですが、それができるようになるための経験を積んでいくのが、探究学習なのではないでしょうか。
先生方が、「生徒にとって探究学習はどういった意味があるのだろう」と考え、深めていけるような契機に未来探究祭を活用いただけると幸いです。
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